2007年08月26日

雑感 ミヨリの森

結局、主人公に共感するところはありませんでした。
あと、都市生活者の田舎というか自然に対する
憧れをくすぐりすぎた作品、という気がします。

以前、田舎に住んでいた人の体験談をネットでみたことがあって
「図鑑にも載ってない大きい虫が平気で家屋の中に進入してくる」
なんてのをみると、この番組で描かれた自然は、人間に対して
ヌルいというか甘いというか都合よく理想化されたというか。

あと、守るものが「自然」なのか「精霊」なのか
曖昧になってしまった印象があります。
「自然」が大事だから無駄な開発はやめよう、という話なら
ダム開発が妥当か否かを丹念に描くべきでしたし、
「精霊」を守りたいのであれば人前に堂々と精霊が姿を
表せば一発で最重要保護生物に指定されると思うのですが。
というか、この手の「自然vs人間」の番組で
自然側が激勝ちする例はかなり珍しい気がします。

イヌワシがいるみたいでダムが中止できて良かったですね、
という話では、イヌワシ(のようなダムを中止に追い込める生物)が
いない地域は救われませんね、と言っているような気もするのです。
つまり、一般論ではなく特殊な事例に過ぎない、と。

一般論として「自然を大切に」ということを語りたいのならば、
それは「特殊な生物がいなくても自然は大切だよね」でなくては
いけないし、ダム建築の必要性はきちんと作中で語る必要がある
でしょう。
なお「ダム建築が不必要である」(例 : 見返りに次の選挙で組織票を)
なんて場合は、その予算を大切に、という観点からでも不必要性を
明らかにすればいい話なので「自然を大切に」というテーマは
薄れてしまいます。
守るべき自然がそこに無くても、いらんダムはいらんのですから。
精霊が人間と渡り合えるほどそこそこ戦闘力を持っている、
というのもこのテーマを語るには邪魔なだけでしょう。
やはり、自然がなかろうと、異種族間闘争の話になりますので。
ちなみに、仮に「精霊が自然から力を得ている」のであれば
「人間に敵対する者に与する自然に存在価値なんかあるの?」
という方向に議論が行きそうな悪寒が。

「自分にしか感知できないが、確かにこの自然に力無き精霊がいる。
 そのためにその棲みかである自然(山林)を守る必要がある。」
(ダム建築自体は妥当なものとする)
(当然、イヌワシ等のダムを中止に追い込める生物なんか居ない)

精霊を使うなら「力無き」存在でないと。この場合精霊にとっての
解決が難しいのが事実。というか、早めに情報を入手して
引越し先を決めておくしかないんじやないか、という気が。
要はゲゲゲの鬼太郎(第5期) 第19話の「河童池の相撲大会」
に近いのですが。
あとは、地道に勉強して国土交通省等、行政に携わる役人や
政治家になる位しか……

一本桜の精が妙な棒読みだと思ったら元ちとせ。
テレビ公開処刑、なんて言葉が頭をよぎります。
池沼の水をナマで口にする調査員は何なの。
なにかと釈然としない2時間10分でした。
ラベル:ミヨリの森
posted by コーライト at 00:12| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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